toggle

ショーケース

ショーケース

#
2024-05-04

大西浄林 撫肩風炉・富士釜

釜 直径21.1cm×高さ15.2cm

風炉 幅33.4×奥行29.2×高さ18.2cm

大西浄林(1550~1663)は京都の南、南山城広瀬村の出身で寛永(1624~44年)頃に三条釜座に居を移し、名越三昌の弟子となり、茶の湯釜を作り始めたと伝えられています。現在、千家十職の釜師をつとめる大西清右衛門の初代にあたります。
風炉と釜が一体となった切合(きりあわせ)と呼ばれるタイプの浄林の風炉釜です。富士釜の名の通り、肩から腰にかけて山の裾野のように徐々に左右に広がって、錣羽は底と胴から突き出すようになっています。口はわずかに立ち上がり、京釜特有の荒れたゆず肌に鐶付は鬼面、正面にはシンプルな柳の地紋がやや肉厚に鋳出されます。撫肩で三足の美しい乳足の唐銅風炉には火灯窓、鬼面の鐶付には大ぶりな鐶が付けられ、古格のある姿をしています。釜の曲線がたっぷりした風炉の形とつながり、切合として一体感のある一品です。
釜の鑑定を多く行った京・大西家13代浄長の極め書があります。